「人間は気持ちよくなるために生きている」
人間の行動の多くはこれで説明ができると考えています。
尊敬する漫画家、荒木飛呂彦氏は作品ジョジョの中で、悪役ディオ・ブランドーにこう言わせています。
「人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる」
ディオに言わせてみれば、名声を得たり、仕事をしたり、家庭を築くのも、人が安心したいと思うため。
この見解には腑に落ちるというか納得感があります。
けど何回も反芻していくうちに、それはそうだけど自分はちょっと違うような気もすると最近思うようになりました。
たしかに、安心するためにという観点はもっともらしく、大概のことは「安心するため」で説明が付きます。
ただ、自分がこれまで得てきた経験からはそれだけでは説明しきれない出来事があります。
友達や恋人と純粋にその場を楽しむ時間、手を出すのに躊躇してしまようなものを所有しようとする所有欲、酔いながら夜風を浴び立派な満月を眺めて得る高揚感と多幸感を求める気持ち。
これらは安心するためという説明ではすこし的を得ないというか、ずれが生じます。
ここで、なぜそういう瞬間が自分に生を実感させ、そしてこれを求め続け、これからも感じたいと思わせるのか。
私は、それは人間の行動の多くが、本能として気持ちよくなりたい、心地よくなりたい、幸せになりたいという最終的に幸福や満足感を得たいという願望をもとにしているからだと考えます。
これでいくと、仕事をするのも仕事でしか得られない達成感・快感を得たり、安定した収入を得てプライベートでやりたいことをやったり、詰まるところ「自分が気持ちよくなるため」という説明で自分は納得がいきます。
まだ見ぬ素晴らしい作品や美しい景色を追い求めるのも、より優れたレストランで食事をするのも、好きなサービスの製品を満足して対価を払うのも、生きていく中で、「いいな」という気持ちのいい体験を欲するため。
そんな気がします。
では、人々が気持ちよく生きていこうとする中で、自分は何ができるか。
自分には普遍的な美しさを描く油絵で表現した風景画があります。
偉大なるこの世界の心動かされる一瞬を切り抜き、拝借し、持ち運び可能で何年も楽しむことが出来る絵画作品に落とし込み、皆様に楽しんでいただく。
けなされようと唯一誇りと自信がある自分の絵に共感して頂き、お部屋に飾ってその空間やその人にささやかな幸せを感じていただく。
鑑賞者が気持ちよく、ああいいなぁと思っていただくのは絵描きとしてこの上ない幸せですし、これが同時に私の気持ちよさを同時に満たします。
だからこそ、正直金銭的には不安定でも、社会地位的が高くなくとも、この点に全振りして、生涯を全うしたい。
そう思うようになりました。
至らない点も多くあり、自分の力量を悲観することもありますが、それでも画家として精神的に豊かに生活したい誰かに寄り添うことができればと恐縮ながら願っています。
そんな人と人との関わり合いを大切にしながら、感動する瞬間を描いていきたいです。
最後までお読みいただきありがとうございます、見ていただいている皆様には本当感謝申し上げます。

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